寝台特急「あさかぜ」の思い出

今から16年前、栄光のブルートレイン「あさかぜ」が終焉を迎えようとしていた頃、関西(大阪)から関門エリアへの旅行の行程に「あさかぜ」を組み込み、乗車しました。そのときの思い出を振り返りたいと思います。

「あさかぜ」とは

昭和33年10月のダイヤ改正で一般客車から20系客車に置き換わった寝台特急あさかぜ。当時は上流のビジネスマンも交通手段として利用する乗り物でしたから、二等(まだ一等があった時代で、今でいうA寝台・グリーン車相当)が12両のうち4両も連結されていました。当時は珍しかった空調設備の行き届いた車両ということもあり、走るホテルとも言われていたそうです。今のななつ星やトワイライトエクスプレス瑞風等の豪華列車は、乗ることを目的とした観光列車ですが、移動手段として上流の紳士にも相応しいハイクラスな列車だったということでしょう。

そんな栄光も新幹線や飛行機が普及したことで、会社の終業時刻前の夕方に首都圏を出発し、始業時刻を過ぎた午前中に九州に到着するブルートレインはビジネス客の利用が低迷していくことになります。車両の方は、時代に合わせ、B寝台も3段から2段になり、一時は食堂車や個室寝台をリニューアルした豪華編成(北斗星の先駆け)として「あさかぜ」ブランドを保とうとしましたが、時すでに遅し、ですね。博多までの需要は無くなり、1994年から定期列車としては本州の西端、下関が終着駅となりました。

最晩年の2005年は、シャワールーム付のラウンジカー、A個室はあるものの、24系25形の2段B寝台がメインの、ごく普通の寝台特急となっていました。

「あさかぜ」に乗る

東京と下関を走るあさかぜは、首都圏・東海からの客を集めながら深夜を迎え、翌朝に山陽路をこまめに停車しながら客を下ろしていきます。そのため、名古屋を23:46に発車すると、次の停車駅は翌朝4:15の岡山。そこまで客扱いはありません。

ですので、大阪からあさかぜに乗ろうとすると、最低でも名古屋へと引き返す必要があります。
まぁ、大阪から名古屋は近いですけどね。近鉄特急なら2時間ほどですし、金額も回数チケットなどを使用すれば、3,000円ちょっとでした。

というわけで、3連休初日の2005年1月8日土曜日。21時に大阪ミナミの近鉄難波駅を出る近鉄特急アーバンライナーに乗車。事前に駅近くのコンビニで買っておいた弁当を夕食にして、名古屋へと移動しました。

名古屋駅から

定刻に名古屋へ到着し、愛・地球博の開幕を目前にして盛り上がる名古屋駅周辺を少しだけ散策。

余裕をもって「あさかぜ」の入るホームへと上がります。

3連休前の金曜日ならもう少し混んでいたのかもしれませんが、列車を待つ人はそれほど多くはありません。名古屋から乗るなら、もう少し早い列車もありますしね。九州まで行かない「あさかぜ」に、夜遅くに乗り込む必要は少ないのかもしれません。

EF66に牽かれてやってきた東京発下関行の寝台特急「あさかぜ」。

当時、デジカメでの動画撮影は 320×240でした。

折戸のドアが開いてデッキに入り、B寝台の通路へのドアを開けると、2段ベッドが並んでいるのが見えます。名古屋が本日の最終停車駅なので、ほとんどのカーテンが引かれた状態です。

乗車したのは2号車12番の上下段。当時のはっきりとした記憶が残っていないんですが、車掌に頼んで9号車9番上下段に変えてもらってますね。2号車は禁煙車なので、タバコが原因ではないと思うんですが、何か、居心地が悪い状況だったはずです。

2号車から9号車へと通路を延々と歩き、途中のラウンジカーの姿を見て「おっ」と思った記憶はあります。

というわけで、改めて指定されたベッドに荷物を放り込み、早々にベッドメイクを済ませて横になりました。
せっかくなら、大阪周辺を走るところを見てみたい、と、しばらく寝るつもりはなかったんですけどね。

深夜の関西圏

当時はGPSロガーも持っておらず、デジカメ画像の日付しか情報が無いんですが、名古屋駅を出て約2時間後に、米原駅に運転停車。

そこから50分ほどでしょうか。京都駅に運転停車。

写真の一部に、207系の旧塗装車が写ってました。福知山線事故の4ヶ月ほど前ですね。この写真の撮影時刻が1:34でした。

京都を出ると、次はいよいよ大阪。

ホームの向かいに201系が停まってました。懐かしいですね。当時は「懐かしい」という思いはありませんでしたけど。京阪神緩行線での運用はこの2年後の2007年までだったそうです。

大阪駅を見届け、眠りにつきました。

山陽路を走る

目が覚めたのは何時頃だったでしょうか。最初に撮った写真が7:31ですので、そのあたりに起きたのだとは思います。

7時30分というと、岡山を4:17に出て、既に7駅に停車してますね。岩国と柳井の間を走行中だったと思います。

撮影時刻が8:31ですので、戸田・富海のあたりかなと思います。

この頃は順調に終着駅下関に向かって走っていたんですが。。

走行速度が落ちて行って、駅間で停車。しばらく停まり、少し走って、また停車。

警報機付きの踏切の真上で停車。カンカン、カンカン…。いつ動くの。。

新山口より先で、何か事故があったのか、何らかの不具合があったのか。理由は憶えてないんですが、車内放送は何度かかかってましたね。

8:55に停車し8:56に発車するはずの新山口駅に着いたのが9時過ぎのこと。

小郡駅から改称して、まだ1年と少しの頃ですね。

停車駅なのでドアも開きますので、撮影を兼ねてホームに降りてみました。

ブルートレイン牽引用の EF66 50
下関寄りの先頭車はB寝台
東京寄りの最後尾もB寝台

24系なのにいわゆる電源車がありません。その理由がこれ。ラウンジカーのスハ25です。パンタグラフからサービス用の電源を取り入れてます。

そのロビーカーの中はこんな感じ。

なぜ、こんなにガランとしているかというと、新幹線への振替輸送が始まった後だからです。

せっかくなので、少々予定が狂っても、下関まで「あさかぜ」に乗りたい、と思っていたんですが、どうやら新山口での運転打ち切りが決まった模様。

仕方なく、9号車に戻り、荷物を手にして「あさかぜ」を後にしました。写真は隣の車両ですけどね。この写真を撮ったのが9:44でした。

新山口駅のコンコース内

というわけで、新山口から新下関までの2駅を「こだま631号」に乗りました。「あさかぜ」の下関到着の所定時刻は9:55で、こだまと、かろうじて下関近辺だけが折り返し運転をしていた山陽線を乗り継いで下関に着いたのが10:50過ぎのこと。

2時間の遅れではないですし、新幹線での振替ということで「あさかぜ」の特急料金の払い戻しは無かったですが、今となっては、0系新幹線に追加料金なしで乗車できたのは、ある意味、良かったのかもしれないですね。

というわけで、名古屋ー下関を乗車する予定だった「あさかぜ」。結果的には名古屋ー新山口間となりましたが、車内に滞在した時間は、下関までの乗車とさほど変わらないので、十分に堪能できました。

乗車時のダイヤ

2004年10月16日改正の時刻です。

寝台特急「あさかぜ」東京発下関行

記載の時刻は、定刻(所定ダイヤ)のものになります。

5
特急
東京1900
横浜1926
1927
熱海2038
2039
静岡2134
2135
浜松2228
2229
名古屋2343
2346
大阪
岡山415
417
福山500
501
尾道516
三原527
527
西条601
広島631
634
宮島口657
岩国716
716
柳井742
801
徳山815
817
防府841
新山口855
856
宇部917
917
下関955
列車名の特急は寝台特急「あさかぜ」
太字は乗下車駅

乗車時の列車編成

← 下関行

東京行 →

123456789
B寝台B寝台A1個室ラウンジカーB寝台B寝台B寝台B寝台B寝台
A1個室は「シングルデラックス」
B寝台は2段式
太字は乗車車両