京街道を歩く(その3)・枚方宿~淀宿

大津市追分町にある東海道との分岐点から、京都の伏見、淀、大阪の枚方、守口を通って、大阪市内の高麗橋へと続く50km強の街道。東海道五十三次と、分岐点からの道中にある伏見宿、淀宿、枚方宿、守口宿とを合わせて東海道五十七次と呼ばれていますが、この京ではなく大坂方の枝線部分が「京街道」と呼ばれています(大阪方面への道を「大坂街道」、京都方面への道を「京街道」というそうです)。

その京街道の始点、高麗橋から京都方面へと歩いてみようと、歩き始めたのが昨年6月のこと。

第1回目は、高麗橋から守口宿を経由して、鳥飼大橋の袂まで。

第2回目は、鳥飼大橋の袂から枚方宿までを昨年12月に歩きました。

それから少し間が空きましたが、今回は、続きとなる枚方宿から淀宿を目指して歩いてみたいと思います。

枚方宿~京阪 御殿山駅

今回は、枚方宿からの再開となるので、京阪枚方市駅に降り立ちました。

駅東側のロータリーを北東方向へと歩き、左手にカラオケ店が見える四辻から京街道の再開です。

とは言っても、前回はここから300mほど京街道を歩いているので、お久しぶりな区間となります。瓦屋根のある白壁に設けられた「東海道(京街道) 枚方宿案内図」や、問屋役人である小野平右衛門の家を眺めながら「枚方宿東見附跡」へ。

ここからが本当の再開ですね。

この土手の向こうには生駒山地から交野市などを通り、枚方市内(ここから800mほど下流)で淀川に合流する天野川が流れています。

案内板には、

紀伊徳川家は、参勤交代の際枚方宿に宿泊しましたが、天野川渡河にあたっては、既設橋の上流に専用の仮橋を架けさせました。

とあります。

対岸の京街道は、地図で見ると川を挟んでほぼ一直線でつながっているように見えるんですが橋はありません。現在は90mほど下流に行ったところにある府道13号の「かささぎ橋」へと迂回する必要があります。

かささぎ橋架け替え(平成8年)の前に使用されていた橋桁の一部と説明板

そのかささぎ橋の脇に設置されている「天野川とかささぎ橋」という説明板には

明治時代の道路制により、京街道は国道二号線となり(後に同一号)、かささぎ橋は国道橋に昇格した。昭和七年、下流に国道が新設されたのに伴ってかささぎ橋も移り、近代的な鋼鉄製の橋に変わった。

とあります。「下流に国道が新設されたのに伴って」という表現に「あれ?」と感じたんですが、ここでいう国道とは、まさにここ、現在の府道13号のことです。確かに「京阪国道」という表現もありますよね。

なので、東見附あたり、つまりは京街道に天の川を渡河する「(旧)かささぎ橋」がかかっていた、ということなんでしょう。

現かささぎ橋を渡ります。

天野川は、下流の合流点に近いとはいえ、これくらいの川幅ですので、江戸時代の旧かささぎ橋もそれほどの難工事では無かったのかな、と思います。

奥に見える橋が京阪本線のもの。その手前にある水道橋がちょうど旧かささぎ橋のあたりになるようです。

話を流してしまいましたが、紀州徳川家の参勤交代の折には、その橋よりもさらに上流に専用の仮橋を架けた、ということだったんですね。

現かささぎ橋を渡り終えて、河川沿いの道を上流方向へ。

京街道に合流です。特に京街道と判る案内板も無いですので、地図の持参は必須ですね。

ごく普通の住宅が建ち並ぶ幅が狭めの道路ですが、時折、木製の格子がある重厚な瓦葺きの建物を見ると、街道であることを感じることが出来ます。

ほんの少し京阪線と並ぶ区間があり、道幅も広くなるんですが、小さな氷野川を渡って京阪線から離れるとまた狭い道に。京阪本線の高架工事に伴って拡幅されたんでしょうかね。

虫籠窓というんでしょうか、趣のある建物が見られるのも街道沿いならではです。

他にも蔵のような建物があったりするこのあたりの地名は「枚方市磯島茶屋」。茶屋というのが街道に縁のある地名っぽいですよね。

磯島の交差点から府道13号に出ると、車の通行量の多い道路になりますので、京街道っぽさはなくなります。

ほどなく右手から京阪本線が沿うようになり、500mほど歩けば御殿山駅に到着です。

京阪 御殿山駅~京阪 牧野駅

ここまでは南北に走る道路の東側を北に歩いてきたんですが、御殿山駅を過ぎて600mほどのところで西へと折れるので、駅近くで道路を渡っておきます。

左手にホームセンター「コーナン御殿山店」、「吉野家 枚方渚内野店」と過ぎたところにある「三栗南」交差点を左に、というか府道から脇へと逸れるように分岐する細道に入ります。こちらが京街道です。

この脇道である京街道。先の地図を見てもらってもお判りの通り、まるで鉄道が複線の本線から離れて、緩く弧を描いて高架線で越えていくような形状となっています。

もちろん、実際には高架ではなく交差点。写真では直角に交差しているように見えますが、60度くらいでしょうか。

この交差点が、「三栗」です。「三栗」と書いて「めぐり」と読みます。由来は判りませんが、面白いですよね。京街道とは関係ないと思いますが。。

交差点を渡って、その先の京街道を歩きます。

特に街道らしい歴史を感じるほどの建物は無いんですが、新興ではなく古くから住まわれている大き目の戸建て住宅が多い印象です。

京阪本線を踏切で渡って線路の東側へ。今日は枚方市駅の西側から出ましたので初めての踏切ですが、この先、何度か踏切を渡ります。京阪本線がいかに京街道に沿っているかということですよね。

街道らしい緩やかなカーブの道を歩きます。

ほどなくして、一部の区間で道路の幅が広がり、歩道のある2車線の道となるんですが、緩いカーブは街道らしさを保っています。

右手に、直角に折れる道があり、その両脇に常夜灯が見えます。

写真はその道に向かって撮っていますので、手前の左右に延びる道が京街道になります。左には「京都」右には「大阪」と書かれていますね。

片埜神社の表参道入口を示すものだそうですが、片埜神社はここから500mほど先。その姿は見えません。

京街道に戻ります。

右手に阪今池公園の丘が見えてきます。木々が生い茂る公園ですが、元は片埜神社の神域に含まれた「御池」を埋め立てて整備されたそうで、先ほどの常夜灯といい、片埜神社の大きさを伺い知ることができます。

道は唐突に上り坂になり、穂谷川の川沿いに出ます。

ここで、ちょっと、どの道が京街道なのかが怪しいところになります。

Googleのマップでは地図下の橋(明治橋)を渡り、穂谷川の右岸が京街道となっていますが、今回も「歴史街道」(歴史街道推進協議会)が発行しているウォーキングマップを参考にさせて頂いていますので、青矢印で記した道を歩くことにします。

橋を渡らずに歩くと、正面に碑が見えてきます。「左 前島街道」の字が見えますね。前島街道は淀川の前島の渡しを経て、高槻方面へと続く街道だったそうです。

この碑を見て、左に歩けば、牧野駅もすぐそばです。

京阪 牧野駅~京阪 樟葉駅

牧野駅の東口の前を北へと歩き、穂谷川を渡って(歩道の道なりですので、川を渡ったという印象は無かったんですが)駅の端から踏切を渡ります。渡ってすぐの横断歩道で線路沿いの道へと進みます。

ここから樟葉駅まで、京阪本線の西側に沿って歩くことになります。

この通りも京街道らしい面影は特にないですね。

牧野駅から600mほど歩いたところで線路からは少し離れ、やや細い道にと変わります。瓦ぶきのやや古めかしい戸建て住宅が増えてくるので、街道っぽさを感じるでしょうか。

しばらく歩くと上り勾配となり、道は左へと折れるのですが、その角に小さな祠があります。

右から二つ目の石が、「七人力士供養塔」として知られている石碑のようですね。

この茂みの向こうは船橋川になります。

現在は、ここから100mほど下流に歩き、府道13号を楠葉橋で渡ります。対岸を再び同じだけ戻るのでコの字型に歩くことになるんですが、かつては天野川と同様、京街道に沿って橋が架かっていたようです。ちなみに船橋川という名前は、江戸期の京街道よりもさらに古い平安時代、舟を並べて、その上に板を渡した「船橋」があったことが由来なんだそうです。

これくらいの幅の川です。水道橋のやや手前が京街道の位置ですね。

コの字で京街道に戻ったものの、特にそれらしい雰囲気は無く、緩いカーブがそれと思わせるくらいで、樋之上交差点からは府道13号を歩くことになります。

地図にはない、大きな高架橋が見えてきます。新名神高速道路の八幡京田辺JCTと高槻JCTの間にあたるんですね。当初は2027年度開通という話もありましたが、2030年度くらいにずれ込みそう、とのことです。

右手に京阪本線、左手に淀川(河川敷)となるこの区間は京街道らしさも特に感じず、樟葉駅に向かって黙々と歩きます。

歩き始めて2時間弱となるので、一旦、樟葉駅近くの喫茶店で休憩を、と思ったんですが、府道13号側から駅にショートカットする道は無く、駅を行きすぎて、カーブを描きながら京阪の高架下にもぐりこむ歩道に沿って歩きます。

交差点名は無いようなんですが、ジャンカラと鳥貴族のある交差点を左折して京街道が再開となるところで一旦離脱。

スターバックスコーヒー くずはモール ハナノモール店で一息つきました。

京阪 樟葉駅~京阪 橋本駅(付近)

街ナカの通りから京街道を再開。

飲食店が並ぶ通りを少し歩き、京阪本線が並行するか、というところで右に曲がります。

歴史を感じるほどのものではありませんが、先ほどの駅前と比べると打って変わって、という変化ですね。

この角には旧京街道と書かれた碑がありました。

お寺や神社がいくつかあるのも、街道らしさでしょうか。

趣のある建物も見えます。

このあたりは、「町楠葉」。町中華を思わせる名前ですが、かつて楠葉村にあった、町組/南組/野田組の集落の一つ、町組のエリアが町楠葉なんだそうですね。

再び京阪本線が左に沿うようになると、右手には大阪市水道局楠葉取水場が見えてきます。大阪なんだ、というちょっと意外な気がするんですが、ここから大阪市民が使用する水が取られてるんですね。

大阪市域の淀川から取水すると、南海トラフ巨大地震で大阪湾から津波が遡上した場合に海水が混じることがあるそうで、より上流の枚方市からも水を取っているんだとか。大阪市民でありながら、そのあたりは知らなかったですね。

楠葉取水場に沿って右に折れ、突き当りに入る一つ手前の四つ角を左に曲がります。

ここを道なりに歩くと広い緑地が広がって見えます。ここが「楠葉台場跡史跡公園」です。

幕末期に、開国を求める異国船が大阪湾にも入ってきており、淀川を遡って京へと侵入するのを防ぐために増築された台場、というのが表向きな理由で、実際には京街道そのものを台場内部を通過するルートに曲げ、関所として尊王攘夷派らの京都侵入を取り締まるのが狙いだったそうですね。

左に立つ、「戊辰役ぼしんのえき橋本砲臺場跡」という碑が物々しいです。

では、幕末期、それより前の江戸中期の京街道はどこだったのか、というあたりがよく判らないんですが、とりあえずは史跡公園の東に沿う道を歩きます。

公園を過ぎ、スーパーマツモトを右手に見て「橋本駅南」の交差点に。ここは左へ曲がらずに直進です。

この道をまっすぐに歩くんですが、目の前に、「八幡市四区公会堂」という建物を見て、「えっ!?」と。

いつの間にか、大阪府枚方市から京都府八幡市に入っていたようです。

写真の奥が下り勾配になっていますが、その差しかかりあたりが府境だったようですね。何の標識も無く、気付けませんでした。

この道をずっと道なりに歩きます。右手に見えるロータリー状のエリア(駅方向)には入らず、写真にある歩道をそのまま左にカーブしていく感じですね。

京阪 橋本駅(付近)~京阪 淀駅

その先の踏切を渡って、突き当りを右へ。

歴史的な建造物という感じでは無いですが、そこそこ時代を感じる住宅が緩いカーブに沿って建ち並ぶのは、街道っぽい風景なのかな、と思います。

この通りの突き当りには、渡し場跡の碑があります。

右面には「柳谷わたし場」、左面には「山ざき/あたご わたし場」と書かれているようです。

柳谷とは、長岡京市の柳谷観音のことだそうで、淀川を渡し舟で山崎へと行き、そこから西国街道で向かう場所のようです。

悪天候などで舟での渡河が出来ない場合に利用されたのが、先ほどのエリアにあった宿なんだそうです。宿場ではないんですが、宿がいくつかあったようですね。

その渡し場方向へは行かず、突き当りを右に折れ、突き当りの一つ手前を左に。クランクですね。

この通りにも街道らしく、大きな瓦ぶきの戸建て住宅が多くあります。

石清水八幡宮への参道となる分岐点には、「右 八まん宮山道 これより十六丁」と書かれている(らしい)道標があります。

これは、通り過ぎて振り返った位置の写真ですので、「右」ではなく「左」なんじゃないのかな、と思うのですが、どうもこの道標は動かされた可能性があるとのこと。

さらに進み、大谷川を渡って、府道13号につながる上り坂ではなく、右手にある狭い道へ。こちらが京街道です。

少し行くと、常夜灯が見えてきます。

歩いてきた正面からは見えなかったのですが、右に折れる道を正面に見ると、常夜灯には「八幡宮」と刻まれているのが判ります。

京阪電車が通っているのでここを右折しても石清水八幡宮へは行けないのですが、石清水八幡宮への道標としての常夜灯ということには間違いなさそうです。

このあたりからしばらくは、江戸時代の京街道を歩くことは出来なくなります。明治初期に木津川付替工事が行われ、当時の街道は木津川・宇治川となっています。

左手の高い位置に府道13号を見ながら、しばらく東へと歩きます。

石清水八幡宮駅近くまで住宅街を歩き、駅東側から北へと向かう東高野街道を左へと折れます。川を渡る大きな道ですので気付かずに通り過ぎることは無いですね。

階段を昇ってちょっとした広場に出ると、永代常夜灯があります。

令和三年九月建立とありますので、つい最近できた真新しいものですけどね。

木津川を、御幸橋で渡ります。

その先に見える塔のような建物が「さくらであい館」という施設で、2017(平成29)年3月にオープンした、「木津川・宇治川・桂川が合流する地域の人・物・情報が出会う施設」だとのこと。

京奈和自転車道 淀川リバーサイドサイクルラインに位置しているので、さながらサイクリストの憩いの場のようにも見えますが、誰でも利用できます。

京街道とは関係ないですが、ちょっと一息。

地上約25mからの展望を楽しめます。もちろん、エレベーターがあります。さすがに枚方市から歩いてきて、ここに階段しか無かったら上がってなかったでしょうね(笑)

これが、下流側。左が木津川、右が宇治川で、もう少し先で合流します。真正面にはサントリーの山崎蒸留所が見えます。

こちらは京都側。遠くに京都タワーが見えるのが判るでしょうか。ここからほんの少しで京都市に入ります。

展望台を下りて先に進みます。

宇治川を渡り、京滋バイパスの高架をくぐるあたりで、離れていた京街道に戻るのですが、さすがに府道13号(京都守口線)を歩いていると、その面影は全く感じないですね。

豊野運送京都物流センターの手前を右に曲がります。ほどなく、左手には京阪電鉄の淀車庫が見えてきます。この辺りはもう、京都市(伏見区)になります。

京阪本線を高架でくぐり、道なりに進みます。左手に京阪淀ロジスティクスヤードが続く中、Y字型に分岐する道があるので狭い方の右側へと入ります。

あまり歴史を感じる建物が多いわけではないんですが、ところどころにこのような趣のある建物がありますね。

突き当りを右折、少し歩いて左折とクランクを過ぎて、河津桜で有名な水路を過ぎます。

淀宿に近付くと少しずつ古風な建物が増えている感じがしますね。

ここで妙な道順となります。

目的地の淀はこのまま真っすぐなんですが、京街道はこの角を左へと曲がります。その後、道なりに右に曲がり、次の四つ角を右に曲がります。で、ローソンのある四つ角を左に曲がるんですが、つまりはこの写真にある道をそのまま真っすぐに進む道へと戻るわけです。

その経路上、写真に写る建物以外は特に年代を重ねた建物があるわけでもなく、このクランクが街道なの?という印象のルートでした。

そこからは、道なりに400mほどで京阪 淀駅に到着です。

ご存じの通り、淀駅の前には京都競馬場があります。その誘導のための警備員がたくさんいらっしゃって、ちょっとカメラを向けにくい状況ではあったんですが、この1枚だけ、収めました。

ちなみに、訪れたのは先月23日の土曜日。淀駅到着が、G3の「平安ステークス」出走1時間前だったというのもピリピリ感が出ていた理由なのかもしれないですね。

というわけで、今回は枚方宿から淀宿までおよそ15kmほどを歩きました。

次は短距離ですが、伏見宿あたりまでを歩いてみようと考えています。これくらいの距離なら、多少暑くても大丈夫かな、と。

と言いつつ、去年のように年末近くになるかもしれませんが。。