桜咲く 14系寝台特急「さくら」

大阪市内で最も有名な桜の名所が大阪城公園。その桜が満開となった2026年4月最初の週末、お花見に行ってきました。

って、そういう話ではなく、日本を代表する花、桜の名前を名乗った特急列車「さくら」が今回のテーマです。
3年前の2023年3月にTOMIXから発売された 98784「国鉄 14系14形特急寝台客車(さくら)基本セット」、98785「国鉄 14系14形特急寝台客車(さくら)増結セット」を走らせた話がこちらになります。
このときの状態から、ほぼ変わっていないんですが、桜の季節ですしね。久しぶりに、「さくら」として走らせてみました。
この編成は、TOMIXが公式にも案内している「出雲・紀伊」として走らせた後、少し編成を短くして「ゆうづる」「北陸」としても楽しんだんですが、4両あるスハネフ14に、それぞれ別々のトレインマークを貼り付けて最後尾にして走らせるだけで別列車になる、というのはお得感がありますよね。
というわけで、現時点で、「出雲」「紀伊」「ゆうづる」「北陸」と4列車のトレインマークが付いていたので、「紀伊」の車両(付属編成の14号車側)のを、購入時の「さくら」に取り替えます。
取替の様子は、「出雲・紀伊」の記事に詳しく書いてますので、省きます。
セットのスハネフ14、1両につき1つあった交換用前面窓ガラス。最後の1つを「北陸」に使用したのが2年前ですから、それ以降、「さくら」としては走らせてなかったんですね。
久々の「さくら」となりました。
「さくら」小史
「さくら」の愛称で走った(走っている)列車は歴史が長く、古くは1923(大正12)年から、東京-下関間に走り始めた3レ・4レにまで遡ります。今から100年以上前の話ですね。
1929(昭和4)年9月から、その3・4レに「櫻」の名前が付いたのが、読みで「さくら」の列車の始まりです。
戦時下で運転が取りやめとなり、戦後の1951(昭和26)年4月以降、1958(昭和33)年まで、不定期(臨時)特急として東京-大阪間を走ったんだそうです。もちろん、全車とも今でいう旧客です。
一方で、1957(昭和32)年10月から東京-長崎間を走り始めた「さちかぜ」(車両の半数以上が寝台車の夜行列車)が、「あさかぜ」と名前が似ていることから翌1958年10月に「平和」と改称され、さらに翌年1959(昭和34)年7月に20系化されると同時に「さくら」と名前を変えました。この系譜が、14系寝台特急「さくら」につながる流れですね。
東京-長崎間の列車、というのがしばらく続き、途中、1961(昭和36)年10月改正で列車番号が1レ・2レになったり、その後の改正で、寝台車(ナハネ20)の増車や、座席車(ナハフ20やナハフ21)が寝台車(ナハネフ22やナハネフ21)に置き換わったりといった変更はあったものの、基本編成が東京-長崎間、付属編成が東京-博多間という時代が6年ほど続きました。
大きく変わったのが1965(昭和40)年10月の改正。カニ22を含む下り先頭側8両の編成が東京-佐世保間を、後方7両が東京-長崎間を走るようになりました。基本編成が佐世保発着だった、ということですね(ナロ20とナシ20が佐世保編成のみで、ナロネ21はどちらにも連結)。
基本編成側にはカニ22があるので問題ないんですが、付属編成側には電源車が必要となるため、肥前山口と長崎の間で、マヤ20が連結されました。
翌年10月の改正で下り先頭寄りの基本編成が長崎発着、後方の付属編成が佐世保発着と入れ替わり、その2年後にはナロ20がナハネ20に置き換わって、全車寝台車に。
その4年後の1972(昭和47)年3月改正で、基本編成8両(東京-長崎)、付属編成6両(東京-佐世保)の14系14形車へと置き換わりました。
手元にある編成…っぽくはあるんですが、5号車がオシ14、6号車がオハネ14で、この2両は2年後の1974(昭和49)年4月に入れ替わっています。これが、TOMIXから製品化された時代の編成です。(もちろん、車両を入れ替えるだけですので14系化時の編成も再現可能です)
この時代がしばらく続き、1983(昭和58)年11月からハネの2段化改造のために、一部車両が欠車になったり、座席車が連結されたり、一部車両が先行して2段化されたり、と、イレギュラーな状態が始まります。
1984(昭和59)年7月からは長崎編成にオハネ14-700(カルテット)の連結が開始となり、これに前後して全てのB寝台の2段化が完了しました。
カルテットは、B寝台個室の走り、ですよね。ソロやデュエットの名称も、カルテットがあってこそ、ということでしょう(既に決まってたのかもしれませんが)。
1986(昭和61)年11月の、国鉄最後のダイヤ改正では、民営化を睨んで長崎編成が熊本持ちとなっています。佐世保編成は品川のままですが、20系以来ずっと品川だった受け持ちが九州へと移った、ということです。
JR化後もすぐには大きな変更はなかったんですが、1994(平成6)年12月改正では、東京-熊本・長崎を走る「みずほ」が廃止に。「さくら」と共通運用だったため、同じ編成だったこともあり、この改正から、「さくら」は長崎編成も、佐世保編成も、同じ7両編成(ともにオロネ14・オハネ14-700・オシ14を含む)に。
東京-肥前山口間は、1列車に食堂車が2両も連結される状態となったわけですが、既に前年から食堂としての営業は中止しており、売店兼ロビーカーのような感じだったようですね。
1997(平成9)年11月にはカルテットの連結が終了し、その後、オハネ14がオハネ25-100を改造したオハネ15-1100に置き換わっていったそうです。
その2年後、1999(平成11)年12月の改正で、「さくら」の佐世保駅発着は廃止となり、長崎編成もA寝台車や食堂車が無くなり、代わりにB個室ソロを連結した6両となった上で、東京-鳥栖間を24系25形の「はやぶさ」と併結で走る、という異色のスタイルとなりました。
この頃の編成ですね。
その後も減車は続き、2005(平成17)年2月末で寝台特急「さくら」は廃止に。その車両は「富士・はやぶさ」に引き継がれます。
ここで夜行列車としての「さくら」は終わりますが、ご存じの通り、2011(平成23)年3月の改正で、山陽新幹線・九州新幹線直通の列車として「さくら」の名前が復活し、現在に至っています。
私にとっては14系14形(3段ハネ)で東京-長崎・佐世保を走っていた時代が、まさに寝台特急「さくら」を象徴する時期だと思っています。
模型での再現
冒頭でも書いた通り、TOMIXの14系車両を使用して「さくら」を走らせるんですが、実はいくつか間違えてしまいそうになるポイントがあります。
キーワードが、「牽引機関車」・「ヘッドマーク」・「トレインマーク」です。
98784、98785は、14系14形で2段改造前の3段寝台ですから、時代的には1972(昭和47)年3月から1983(昭和58)年11月頃までのおよそ11年間の姿となります。
牽引機関車
まず、その牽引機関車。
| 東京-下関 | 下関-門司 | 門司-鳥栖 | 鳥栖-長崎 | 肥前山口-佐世保 | |
| 1972/3~1976/6 | EF65-500 | EF30 | ED73 | DD51 | DD51 |
| 1976/7~1978/7 | EF65-500 | EF30/EF81 | ED73/ED75-300/ED76 | → | ED76 |
| 1978/7~1983/11 | EF65-1000 | EF30/EF81 | ED73/ED75-300/ED76 | → | ED76 |
見る資料によって九州内の牽引機がED76だ、となっていたり、ED73だ、となっていたりで、どれが正解か、よくわかりませんでした。。
模型だと、東海道・山陽区間はEF65-500か、EF65-1000で、九州内はED76あたりが走らせやすいかと思います。
DD51+14系14両という運転があったのは興味深いところですが、この再現にはちょっと問題がありまして…。それが、この問題です。
トレインマーク
青い背景に桜の花があしらわれたトレインマーク。この登場が、1979(昭和54)年7月のこと。
当時、まだ20系だった「あけぼの」を除く全てのブルートレインのトレインマークがイラスト化しました。そうなんです。それまでは、文字だけだったんですね。寝台特急「さくら」だと、ひらがなの「さくら」と赤いローマ字の「SAKURA」だけ。

写真の右下に「さくら(文字)」というのが見えますよね。
つまりは、DD51牽引の時代、イラストの「さくら」は無かった、ということです。前面窓ガラスが余ってたら、それもアリかもしれないですが、見栄え的にちょっとね…という感じで、「文字」のトレインマークは見送りです。
ヘッドマーク
最後に、ヘッドマークの話。
東京駅を発着するブルートレインの牽引機関車にはヘッドマークが取り付けられていたのはよく知られていますが、1975(昭和50)年頃には東京駅発着以外の機関車にはヘッドマークの取り付けが省略されるようになっています。
一斉に取り付けられなくなったのではなく、古い鉄道雑誌を見ると1974年には九州のED73がヘッドマーク無しで走っているかと思えば、1975年に「日本海」にヘッドマークが付いていたりと、正確さを追えばキリがなさそうなので、この頃はEF65-500/1000ならヘッドマークあり、それ以外は無し、という判断でいいかと思います。
ちなみに、九州内でヘッドマークの取り付けが復活したのは1984(昭和59)年2月改正のこと。「さくら」は、既に2段ハネ化の工事期間に入っていて、このTOMIXの車両では再現できない(ドア横の★マークと車内のベッドを気にしなければ可)という時代のことでした。
編成
今回、走らせる編成は次の通りです。TOMIX公式サイトに記載のとおりですね。
1974(昭和49)年4月~1983(昭和58)年11月
←1ㇾ 長崎/4001ㇾ 佐世保
2ㇾ/4002ㇾ 東京→
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
| スハネフ14 | オロネ14 | オハネ14 | オハネ14 | オハネ14 | オシ14 | オハネ14 | スハネフ14 | スハネフ14 | オハネ14 | オハネ14 | オハネ14 | オハネ14 | スハネフ14 |
| B寝台 | A寝台 | B寝台 | B寝台 | B寝台 | 食堂車 | B寝台 | B寝台 | B寝台 | B寝台 | B寝台 | B寝台 | B寝台 | B寝台 |
9~14号車は、東京-佐世保(早岐-佐世保間逆編成)
特に入れ替えたりした車両はありません。
牽引機関車は、先述の通りですが、個人的にはEF65では500番台より1000番台が好きなのでそちらを、それとED76-0(後期型)で走らせてみたいと思います。
EF65-1000は、KATOの3061-1「EF65 1000 後期形」。
カプラーは、KATOのナックルカプラーですので、そのままではTOMIXのTNカプラーとは連結できないので、ナックルカプラー側をTNカプラー用に加工しています。
何度もやっているので記事に書いたような気がするんですが、EF65-1000に関しては書いてなかったですかね。KATOのEF65-1000でTOMIXの車両を牽いたことは何度もあるんですが、24系25形を利用して寝台特急「瀬戸」を走らせた記事の中で、TNカプラー化の話は「書いてなかった」とありましたね。
14系14形「さくら」を走らせた記事では、そのEF65-1000で牽いただけでしたが、今回は、ED76でも牽いてみます。
ED76もKATOの製品。3013-4 ED76 0 後期形です。
急行「かいもん」「日南」用にと同時購入した製品ですね。
その半年後の2025年5月には寝台特急「なは」用にとTOMIXのED76-0(後期型)を購入しているので、TNカプラーどうしの相性としてはベストなんですが、こちらは側面にJR九州のロゴ入りなので、今回の国鉄時代の「さくら」とはちょっと相容れないんですね。
なので、KATOのED76のナックルカプラーをTNカプラー化加工しました。いつものように、ナックルカプラーの右手に出ている突起を切り落とし、その切り落とした箇所にピンバイスで0.5mmの穴を開け、0.8mmで少し穴を拡げます。これで、いい感じにTOMIXのTNカプラーと連結が出来るようになります。
ヘッドマークは、EF65-1000には機関車に付属のものを使用します。前回のと同じものですね。白い桜で回りがピンクのものです。
ED76は、前述の通り、ヘッドマーク無し。ちょっと寂しいですが、そこはリアルに。
というわけで走らせてみたいと思います。
EF65牽引 寝台特急「さくら」
まずは、EF65-1000が牽引する東海道・山陽本線での走行を。
機関車込みで15両の編成を走らせるのは久しぶりですね。
これぞ東海道ブルートレイン、です。ブルトレ全盛期を思い起こされます。
写真を何枚か。


少し上から撮影すると、全景がよく判りますね。
遠くに見える機関車のクリーム色がEF65らしさを出していると思います。

今回、車両側はトレインマークを交換しただけでしたが、静止画撮影時だけでもカプラーチェーンを取り付ければよかったかな、と思います。

久しぶりに、大半径カーブに収まりきらない長大編成の運転となりました。
ED76牽引 寝台特急「さくら」
続いては、門司から鳥栖を越えて肥前山口までの区間を走る「さくら」です。
カーブレール接合部の段差が目立ってしまいましたが、それ以外はいい感じかな、と思います。
赤い電機と青い客車が織りなすコントラストが美しいですね。
写真は、前面からのみ。


やっぱり、ヘッドマークが無いのは寂しいですね。
大阪に住んでいるとローズピンクのEF81を見ることはあっても、この赤い交流機は見れないので、遠くを走るブルートレインという印象が子供の頃から強かったと思います。
14系14形の「さくら」編成を購入した後も、ED76はなかなか手に入れることが出来なかった時期が続いたんですが、国鉄時代とJR九州のED76が揃いましたので、「さくら」以外の九州ブルトレを走らせてみたいですね。
というわけで、桜咲く春に寝台特急「さくら」を走らせたお話でした。





















