12系時代の急行「八甲田」

これまで、いろいろな列車を疑似的に再現して鉄道模型で走らせていましたが、基本的には地元である関西(大阪)に縁のある列車が多かったかと思います。

例えば、「トワイライトエクスプレス」を筆頭に急行「きたぐに」「だいせん」「ちくま」は大阪駅発ですし、寝台特急「あかつき・彗星」は京都発、寝台特急「出雲」は深夜ですが京都を通ります。サンライズは上りが大阪にも停車しますよね。

特急「はまかぜ」やキハ58系(急行)も大阪で見られた列車です。旧型客車もかつては福知山線や紀勢本線という身近に見られた車両です。

一部例外もありますが、やっぱり「よく知った列車」を走らせたい、ということなのでしょう。

そんな中、身近ではないはずなのに走らせてみたいと思った列車がありました。それが急行「八甲田」です。

急行「八甲田」とは

「八甲田」の名前は準急「八甲田」として、盛岡駅~青森駅~大鰐駅間で1959(昭和34)年に登場したそうですが、その列車は2年後の1961(昭和36)年に「しもきた」と改められ、「八甲田」の名前は、上野駅~青森駅間の急行列車となりました。この列車こそ、よく知られた「八甲田」ですよね。(というか、「急行」八甲田はこの列車だけでした)

当初はいわゆる旧型客車の急行(オロネ10・スハネ30の寝台車を連結)でしたが、1975(昭和50)年から寝台車(スハネ16)は仙台~青森間のみの連結となり、1978(昭和53)年にはその寝台車連結も無くなりました。

1980(昭和55)年からは12系客車(座席車のみ)となり、1985(昭和60)年からは14系客車(やはり座席車のみ)に変更されたものの、1993(平成5)年3月に廃止となっています。

34年の歴史がある「八甲田」。もちろん、名前の由来は青森県にある八甲田山。

その八甲田山のそばにあるのが十和田湖。その名を冠した急行「十和田」も上野駅~青森駅間の急行列車ですが、登場は「八甲田」より7年早い1954(昭和29)年。「八甲田」と同じく、旧型客車の時代から、12系、14系の時代を経て、最後は12系1往復となり、1985(昭和60)年3月改正での廃止となっています。大きく違うのは「十和田」が臨時・季節運転を含めて2~4往復の時代が長かったのに対して「八甲田」がほぼ1往復だったこと、それと、「十和田」には20系を使用した時代があったこと、等でしょうか。

ただ、「十和田」と「八甲田」の、どちらが東北本線(宇都宮・福島)経由だったか、常磐線経由だったか、「あれ?どっちだっけ?」となることが多いのは、関西人だからですかね。

「十和田」が常磐線経由、「八甲田」が東北本線経由です。覚え方?特にないです。あれば、迷うことも無いはずなので…。

再現したくなったきっかけ

では、なぜ走らせてみたくなったのか、というと、1冊の本を見たから、です。

それが山田亮氏の著書『昭和・平成を駆け抜けた思い出の客車急行』(発行 フォト・パブリッシング)。そこで見たカラー写真に「何かを感じた」わけです。

ED75が牽引する12系の長編成(9両)に、異質なものが混じってます。上り「八甲田」を撮った写真には、ED75の次にシルバーホワイトの側扉が美しいスニ41が連結され、その後に12系客車が連なっているんです。

なぜか「これだ!」と思ってしまったんですね。

もっとも、12系客車を走らせたいという思いが根底にはありましたので、面白く出来そうだ、と感じたわけです。

というわけで、今回は、手持ちの12系客車をベースに「八甲田」を再現してみたいと思います。

編成の特長と実現への問題点

急行「八甲田」

← 102レ 上野

103レ 青森 →

荷物123456789
スニ41スハフ12オハ12オハ12スハフ12オハ12オハ12オハ12オハ12オハフ13
1980(昭和55)年~1985(昭和60)年頃の急行「八甲田」

まず、いきなりですが、代用の話。

12系「八甲田」らしさのポイントであるスニ41は、スニ41-2000が欲しいところですが、手持ちの「郵便・荷物列車「東海道・山陽」 6両セットA」(10-899)に入っているスニ41で代用します。

実際の「八甲田」ではあり得ないんですけどね。青森行の下り「八甲田」が上野駅地平ホームに尾久客車区から推進運転される際、スニ41の車掌室側妻面にあるドアを開けていたそうですから、この小さなドアが無いスニ41-5 では代用できないわけです。まぁ、そこは模型なので許してもらいましょう。なので、基本的には上り列車の再現(スニ41が機関車の次位)で、小ドアが見えないように…。

それと、オハフ13は、スハフ12で代用します。電源周りの違いはありますが、6両編成でも両端がスハフ12で走った例は多々ありますし。。

細かいことを言い出したら、所属が「大ミハ」の12系が「八甲田」で走るはずもないですし、そこは割り切ります。

それよりも、もっと大きな問題があります。

それが、3号車のオハ12と4号車のスハフ12の連結が出来ない、という問題です。

4~9号車で6連の編成となっていて、4号車のスハフ12の緩急室は3号車側に向いていますが、ここはナックルカプラーです(アーノルドカプラーから換装済み)。一方、3号車はどちらの車端側も密自連形ボディマウントカプラー。

なので、リアリティを無視して、3号車をスハフ12で代用することに。

※すみません。製品に付属の伸縮密自連形カプラーセットの存在を、この記事を書くまで、すっかり忘れてました。なので、4号車スハフ12の緩急室側を伸縮密自連形カプラーセットに換装しなおす、があるべき姿でした。

というわけで、ちょっと違うけど急行「八甲田」に見える列車が出来ました。

ちなみに(というか、客車列車にとっては最重要ですが)、機関車は青森駅~黒磯駅がED75、黒磯駅~上野駅がEF58、もしくはEF65-1000(昭和59年以降)、とのことなので、最近中古で入手したED75で牽いてみたいと思います。

走行シーンを撮影

立体交差部をくぐるところです。

やっぱり、スニ41と12系の組み合わせは新鮮です。

内側のループはカント付ですが、外側のループはカントなし。

わずかではあるんですが、やっぱりカント付の方がリアリティがありますね。

最後に、上野駅から黒磯駅まで牽いていたEF58の姿を。

この角度なら、スニ41の最後尾は見えないですからね(笑)

写真を少しだけ。

せっかくなので、スニ41にピントを合わせて。

駅の跨線橋から。いや、もっと上からですね。

というわけで、急行「八甲田」を模した列車を走らせたお話でした。