12系時代の急行「きそ」

長らく途絶えていた鉄道模型の趣味を再開して1年半になろうとしています。

12系客車

この1年半の間に、いくつもの車両を買ってきましたが、その中でも初期に購入した部類に入るのが、12系客車。

実車では、1968(昭和43)年から1977(昭和52)年にかけて600両以上製造され、当初は臨時列車や団体列車、後に定期急行にも用いられ、さらには旧型客車に置き換わる形で普通列車にも運用の幅を広げましたが、最後の車両が新造されてから、既に46年。2023年現在では、JR東日本と西日本とに22両が残るのみとなっています(私鉄に譲渡された車両は除く)。

2022/8/10に宮原支所で撮影

最初に購入したのは、やっぱり好きだから、でしょうね。

なので、この12系が使用された列車を走らせてみました。

急行「きそ」

それが、名古屋と長野・直江津の間を結んでいた急行「きそ」。

鉄道模型ファンの方には、急行「きそ」というと、KATOから製品化されている43系夜行急行「きそ」の方が知れ渡っているかと思います。

この車両に象徴されるように、長く旧型客車時代が続いたんですが、列車が廃止となる直前の2年半だけ、寝台車なしの12系客車で運転されていました。

資料によると、1982(昭和57)年11月改正で12系化され、1985(昭和60)年3月改正で廃止となっています。

1985年改正というと、寝台特急「はやぶさ」にロビーカーが連結され、東海道・山陽本線での牽引機としてEF66が抜擢されるという、まだまだ夜行列車の人気は保たれていた時代ですが、急行「きそ」が廃止となった理由は、その「走行距離」でしょうかね。

名古屋から長野まで、わずかに251.5kmです。

下り「きそ3号」は直江津までですから、326.5kmでしたが、急行区間は長野まで。上り「きそ2号」は長野発名古屋行ですから、250kmほど。特急「しなの」(当時・上り)が3時間20分ほどで走っていた区間を、6時間かけて走っていたわけです。夜行列車なので、速けりゃいい、というものでもないですしね。

走行距離が短いと話題になっていた上野~仙台間の寝台急行「新星」ですら350km近くを走っていましたので、確かに短いです。

1947(昭和22)年6月に名古屋-長野間で走り始めた準急列車が、「きそ」の前身。

1966(昭和41)年3月に夜行1往復の急行となり、急行「きそ」の誕生ですね。

いわゆるヨンサントオの改正、1968(昭和43)年10月に急行列車の愛称統合で、急行「きそ」は、気動車・客車を合わせて定期列車だけで6.5往復。大所帯ですね。

うち、夜行は気動車・客車各1往復でしたから、毎晩2往復の夜行急行が走っていたわけです。下りは、ちょっと時間は遅いですが大阪から来る急行「ちくま3号」も利用できましたから、夜行需要は旺盛だったんでしょう。ちなみに、特急「しなの」は、気動車特急の1往復のみ。キハ181系での運転でした。

1973年7月の改正で、中央西線が電化され、特急「しなの」が381系電車特急として増発。以降、「しなの」に吸収される形で「きそ」は縮小。

1975(昭和50)年~1982(昭和)57年の姿が、KATOから製品化されている、夜行列車の姿ですね。

その1982年11月、昼行が中津川ー長野の0.5往復(下りのみ)、夜行が名古屋発着で、下りが直江津行(長野-直江津間普通)、上りが長野発の1往復、計1.5往復に。

1984年2月には、昼行の中津川-松本間が快速となり、急行「きそ1号」としては松本ー長野に縮小。最晩年の姿ですね。

この最晩年の12系で走っていた姿を再現したいと思います。

12系急行「きそ」の編成

手元にある資料によると、わずか2年半の12系時代ですが、途中で編成が変わっているようです。

急行「きそ」

1982(昭和57)年11月~1984(昭和59)年2月

←802ㇾ 名古屋

803ㇾ 長野・直江津→

荷・郵12345678
マニ50スユニ50スハフ12オハ12オハフ13オハ12オハ12オハ12オハ12スハフ12
マニ50・スユニ50は、名古屋-長野間
803ㇾ:長野-直江津間普通


1984(昭和59)年2月~1985(昭和60)年3月

←802ㇾ 名古屋

803ㇾ 長野・直江津→

12345678
マニ50マニ50スハフ12オハ12オハフ13オハ12オハ12オハ12オハ12スハフ12
マニ50は、名古屋-長野間
803ㇾ:長野-直江津間普通

1984年に、スユニ50がマニ50に置き換わっています。1984年1月で列車による郵便輸送が休止されたため、なんでしょうね。

実質、荷物車が増えていますが、需要が増えたわけでは無いでしょうから、夜行急行「きそ」が廃止されたのは、荷物輸送の需要減少(自動車輸送化)もあるんでしょうかね。推測ですが…。

スユニ50は、欲しい車両ではあるんですが、残念ながら手元にないため、マニ50を連ねた廃止直前の姿で走らせてみます。

3号車のオハフ13は、例によってスハフ12で代用です。

手持ちのスハフ12は、車掌室側を全てナックルカプラー化していますが、2号車オハ12と連結するにあたり、製品に付属の伸縮密自連形カプラーセットに取り換え。「八甲田」のときの学習の結果です(笑)

牽引機関車は…。

12系時代の牽引機関車がはっきりしないんですね。情報が無くて。

おそらくはEF64だとは思うのですが、確証はありません。

もっとも、EF64だったとしても、手元にあるのは2次形ですので基本的には貨物用。

なので、完全な再現では無いですが、急行「ちくま」牽引のところでも書きましたが、旧型客車時代とは違って12系なら電気暖房装置も必要ないですし、2次形のEF64でもアリかな、と。

というわけで、走らせてみました。

走行シーンを撮影

動画は駅での撮影だけです。

まずは、駅の横から。

続いては、全体が見えるように。

駅以外での走行も撮影しようと思ったんですが、いいのが撮れずに断念。

というわけで、静止画をいくつか。

EF64と2両のマニ50。マニ50が先頭ですから、上り名古屋行の急行「きそ2号」ですね。

マニ50を2両連ねた後に、12系客車が続きます。

ここが、2号車オハ12と3号車スハフ12(正式にはオハフ13)の連結部。付け替えた伸縮密自連形カプラーでつながっています。

車両の高さの視線だと、どうしても機関車と12系の両方に焦点を合わせるのが難しいので、高めの位置から撮影。

色合いは違いますが、EF64、マニ50、12系と青系の色で統一された感じは悪くないですね。

フィールドでの撮影。

常点灯では無いのが、惜しいところ。

というわけで、低速で走らせているところを写真で撮れないかと頑張ってみたんですが…。

暗いので、ブレます。。

Photoshopで加工してこれですからね。でも、ヘッドライトが点いていると生きて見えますね。

最後の1枚は、機関車を付け替えて、下り急行「きそ3号」。

マニ50が最後尾になる写真です。

肝心のテールライトがベンチで隠れてしまってますが、最後尾は点灯、その前の車両は消灯させています。

というわけで、わずか1年ほどの運用となった急行「きそ」の最晩年の姿で走らせたというお話でした。

【参考】急行「きそ3・2号」時刻表

12系化された1982年11月改正と、マニ50を2両連ねて走るようになった1984年2月改正のダイヤです。

【下り・きそ3号】

1982年11月同左1984年2月同左
801325801325
急行きそ3号普通急行きそ3号普通
名古屋23452345
千種23552355
多治見019019
021021
中津川059059
102102
上松204204
木曽福島215215
217217
藪原234234
塩尻307307
312312
松本329329
339339
篠ノ井445445
448448
長野500500
609611
北長野616618
三才622623
豊野627628
628628
牟礼638639
古間648648
黒姫655655
妙高高原705705
709709
関山719719
二本松733731
新井749745
北新井753749
脇野田759759
南高田803803
高田808808
春日山814814
直江津819819

【上り・きそ2号】

1982年11月1984年2月
802802
急行きそ2号急行きそ2号
長野23202320
篠ノ井23312331
23322332
松本048048
107107
塩尻125125
130130
木曽福島221221
258258
中津川402402
408406
多治見449447
453449
千種517514
名古屋527524

【参考】急行「きそ3・2号」編成表

急行[きそ2号]
← 名古屋

急行[きそ3号]
直江津 →

12345678
二・〒
△・▲は、名古屋-長野間(1984年2月から、▲は、二)
きそ3号は長野-直江津間普通
1984年2月から、7号車は連結しない日あり