20系白帯2本の急行「ちくま」

大阪と長野の間を、40年以上走り続けた急行「ちくま」。
そのうち、20系寝台車3両と12系座席車7両の堂々10両の編成で走ったのが、1978(昭和53)年10月から1986(昭和61)年10月までの8年ほどのこと。
20系寝台車・12系座席車の夜行急行
この時期の編成を走らせようとした話を、これまでいくつか書いてきました。
最初が、手元にあったKATOの旧製品を使用しナハフ20をナハネフ22に、ナハネフ23をナハネ20に見立てて(というか思い込んで)、急行「ちくま」に「見えるかな」というレベルの列車を走らせたもの。今にして思えば、無理やり感が否めないですが、「リアルへのこだわり」を捨てれば鉄道模型はお金を抑えて楽しめる、という内容になったかと思います。
続いては、ユーズドのKATO 10-366「20系 寝台客車 7両セット」を購入して、念願だった丸屋根のナハネフ22を手にしたことから、ナハネフ22 + ナハネ20×2 + 12系座席車という、ホンモノに近い編成として走らせた話となります。
もっとも、厳密には、「ちくま」の20系車両は12系車両から電源供給を受けるための設備を整えた1000番台、2000番台が使用されていましたので、見た目はほぼクリアですが、厳密には違うという構成でした。
そこまでクリアしようとすると、本当に12系と混結した車両の登場を待つしかなかったんですが(先代の製品は鉄道模型趣味の再開前の製品でしたので、入手できずでした)、これが製品化されたのが一昨年(2024年)末のこと。
九州内を鹿児島本線経由で走った急行「かいもん」、日豊本線を走った急行「日南」や、山陰と北九州を結んだ急行「さんべ」が、一気に製品化されました。
20系寝台車と12系座席車の編成で走った列車が一気に…、ではあるんですが、あれ?「ちくま」は?ですよね。
製品化された3列車は、いずれも荷物車・郵便車が連結されたものでしたが、急行「ちくま」は20系寝台車3両と12系座席車7両のみですので、同時には製品化しにくかった、というのはあるのかもしれないですね。
「ちくま」の編成については後ほど触れますが、上記3列車はKATOの「客車編成セット」として、10-1550「12系急行形客車 国鉄仕様 6両セット」もしくは12系座席車(スハフ12・オハフ13・オハ12)単品との組み合わせで楽しめるセットですから、「ちくま」を同じように「客車編成セット」にすると、20系寝台車3両だけ、となりますので、他の3列車とはちょっと毛色が違う、ということになったんでしょうか。
急行「ちくま」小史
今さらですが、これまで何度も「ちくま」に触れてきたのに、その歴史に触れてませんでした。なので、少しだけ。
急行「ちくま」は、1959(昭和34)年12月に、大阪と長野を結ぶ客車準急列車として誕生していますが、大阪-名古屋間は不定期だったそうです。基本的には名古屋-長野間の列車で、不定期で大阪まで延長運転されていた、という感じでしょうか。同時期に名古屋-長野間には客車準急「きそ」が走っていましたので、大阪への延長がある列車が「ちくま」とされていたんでしょうね。
大阪までが定期化されたのは1961(昭和36)年10月のサンロクトオ改正なんですが、このときに急行格上げと共に、客車からキハ57系の気動車列車となっています。
1967(昭和42)年10月には「第1ちくま(昼行)」「第2ちくま(夜行)」の2往復となり、翌年の10月からは「ちくま1(昼行)」「ちくま3号(夜行)」の気動車2往復に加え、季節列車で旧客編成での1往復「ちくま2号(長野行が夜行、大阪行が昼行)」が追加となっています。
1971(昭和46)年4月改正で、昼行1往復が特急「しなの」に格上げとなりましたので、この時から大阪発の特急「しなの」が走り始めたんだそうです。急行「ちくま」は1往復減となったわけですが、翌年には季節列車の増加もあって再び3往復体制となっています。
1975(昭和50)年3月改正からは、季節列車の2往復が12系座席車のみの10両編成となったようです。定期は気動車のままでした。
そのスタイルが変わるのが、1978(昭和53)年10月のこと。この時から定期夜行が20系寝台車3両と12系座席車7両の10両編成となっています。季節列車の1往復が165系の電車となったのもこの改正です。
それにしても、名古屋-長野という短距離の「きそ」には古くから寝台車が連結されていたのに、大阪発着の「ちくま」に寝台車が付いたのは、この改正からだったんですね。意外な感じがします。
1982(昭和57)年11月改正で定期(客車)の「ちくま3・4号」と季節(電車)の「ちくま1・2号」の2往復となり、1984(昭和59)年2月改正から大阪-名古屋間の牽引機がEF58からEF65へと変更となっているようです。夜行「さんべ」が廃止されたのもこの改正でしたね。
翌1985(昭和60)年3月改正で、客車夜行の「ちくま」が「1・2号」となり、電車の季節列車が「3・4号」となっています。
その1年半後の1986(昭和61)年11月改正で、「ちくま」は客車の1往復だけとなります(季節列車の臨時化)。同時に寝台車が20系3両から、14系3両(スハネフ14+オハネ14×2)へと置換えられました。
1988(昭和63)年3月改正で12系座席車が7両から5両に減車。全体で8両編成になっています。そのスタイルがしばらく続き、1994(平成6)年から、寝台車が14系15形に、座席車が12系3000番台のリクライニングシート車へと更新されていったようです。
この頃の編成ですね。
せっかくの改造車も長くは続かず、1997(平成9)年10月の改正で、急行「ちくま」は、種別・名前を保ったままJR東海の383系電車へと置き換わりました。
2003(平成15)年には、その383系での運転も終了となり、臨時列車へと格下げとなりました。
急行「ちくま」の20系車両
ネット上や過去の雑誌等の記事で20系+12系時代の急行「ちくま」の写真を見ると、恐らくはスタイルの良さからだと思うのですが、丸屋根ナハネフ22を最後尾とした編成の写真が多いように思われます。でも、切妻のナハネフ23の写真も比較的多いですよね。
それもそのはず、当時の「ちくま」の所属である宮原には、ナハネフ22の1000番台が2両、ナハネフ23の1000番台が2両、それぞれ在籍していましたのでほぼ隔日の運用だったのかな、と思います。
それなら、ナハネ20×2 + ナハネフ22×1 + ナハネフ23×1 という緩急車を取り換えて遊べる客車編成セットがあっても面白いんじゃないかと思うんですが、今回取り上げたいのはそちらではなく、「かいもん」や「日南」と同じく、車両の腰位置と裾部だけに白帯がある、帯が2本の20系車両の話です。
寝台特急に使用されていた時代は3本帯しかなかったかと思うのですが、夜行急行への格下げ使用が始まり、整備の低コスト化などの理由から屋根部の帯が省略された2本帯の20系車両が登場しています。「かいもん」や「日南」は、早くから2本帯へ変更されたんでしょうか。3本帯の写真は少ない印象です(鉄道ファン 1978年7月号には、3本帯の「かいもん」の写真がありました)。
急行「ちくま」は、3本帯の写真が多いんですが、晩年の写真には2本帯のものも見られます。
「あさかぜ」や「さくら」として走っていた往年の姿への憧れがあれば何もわざわざ2本帯にこだわる必要も無いんですが、実は私が急行「ちくま」に乗車したのが、その2本帯だったんですね。寝台車14系化を翌年に控えた1985(昭和60)年の夏、信州エリアへの家族旅行で大阪駅から長野駅まで乗車したのが急行「ちくま」のB寝台車でした。早朝に長野駅到着後、最後尾のナハネフ22を写真を撮っていたんですが、おでこに白帯の無い車体が写っています。

「かいもん」のナハネフ22を使用すれば、再現できそうです。
…と思ったんですが、ドアの白帯まで省略されてたんですね。。

そこは、目をつぶらないと…ですね。
乗車したときの最後尾が切妻ナハネフ23だったら、今回のネタは思いつかなかったんでしょうが、この「ちくま」を再現できないか、というのが今回のテーマとなります。
2本帯のナハネ20
急行「かいもん」「日南」のセットには、2本帯のナハネフ22とナハネ20の1000番台が入っています。一方、急行「さんべ」のセットには、3本帯のナハネフ22と、ナハネ20の1000番台、2000番台が各1両ずつ入っています。
そう、ナハネ20は12系座席車と直接連結される車両と、中間車両とでは番台区分が違うんですね。12系(AC440V)からの電源を20系で使用するためのDC600Vに変換を行うための変圧器等が必要となりますので、直接連結される車両は、その設備を備えた1000番台。変圧器などは備えないものの、12系からの電源を使用するよう改造された中間車が2000番台となります。
もちろん、KATOからは2本帯のナハネ20-2000は発売されていませんし、さすがに「さんべ」用の3本帯ナハネ20-2000の屋根側の帯を消す、なんてこともしたくないので、妥協案として「かいもん」用のナハネ20-1000をもう1両、Assyパーツで揃えました。
変圧器などの機器が設置されたのは2箇所あるトイレの1室ですが、特に窓が埋められたというような話もなく、1000番台と2000番台の見かけ上の違いは、車体側面の車番表記くらいかと思います。

「ナハネ20 1135かいもんボディ」と「ナハネ20床下セット」、「ナハネ20さくら台車」とで3,190円。値引きなしのAssyパーツですから、ちょっと割高ですけどね。

ボディと床下ユニット、台車をそれぞれパチパチとはめ込むだけで、ナハネ20-1135の出来上がりです。

急行「ちくま」の編成
20系寝台車+12系座席車の時代の編成はこの通りです。
1978(昭和53)年10月~1982(昭和57)年11月「ちくま5・4号」(4803レ・4802レ)
1982(昭和57)年11月~1985(昭和60)年3月「ちくま3・4号」(4803レ・4804レ)
1985(昭和60)年3月~1986(昭和61)年10月「ちくま1・2号」(4801レ・4802レ)
← 長野
大阪→
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
| ◀スハフ12 | オハ12 | オハ12 | オハ12 | オハ12 | スハフ12▶ | ◀スハフ12 | ナハネ20 | ナハネ20 | ナハネフ22▶ or ナハネフ23▶ |
| 自由席 | 自由席 | 自由席 | 指定席 | 指定席 | 指定席 | 指定席 | B寝台 | B寝台 | B寝台 |
◀/▶ は車掌室の向き
1982(昭和57)年5月まで 塩尻-長野間 逆編成
1982(昭和57)年5月に塩尻駅が移転し、塩尻-長野間逆編成、というのはその時点で解消されています。
牽引機関車は、小史でも書きましたが、大阪-名古屋間が、1984(昭和59)年2月改正まではEF58、改正以降はEF65へと変更となっています。名古屋-長野間はEF64。塩尻駅で進行方向を変えていた頃は、塩尻駅で別のEF64に交代していたようですね。
そのEF64ですが、電暖装置を備えた旅客列車牽引用が中心に運用されていたとは思うのですが、たまたま手元にあった書籍には、EF64-30が牽引する急行「ちくま」の写真が掲載されていました。12系以降は暖房に電暖装置を必須としないため、電暖装置の無い貨物機も運用にあたっていた、ということですよね。
というわけで、手持ちのEF64-0(2次車)で走らせてみたいと思います。
2本帯 20系急行「ちくま」
まずは、動画から。
中央西線のカーブ地帯を往く、という感じですね。
2本帯の20系寝台車が3両というのが新鮮な感じです。というか、「かいもん」にしろ「さんべ」にしろ、12系座席車が7両というのは無かったですから、貫禄を感じます。
写真を何枚か。

屋根に白帯の無い、20系としては独特の雰囲気ですね。
「かいもん」や「日南」との違いを出すには、こちらの方がいいでしょうか。

B寝台車を3両連ねた姿です。
せっかくなので、EF64の写真も。

定期「ちくま」なのか、季節「ちくま」なのか、判断はつきませんが。。
以前にも書きましたが、この塗装って、ブルートレイン牽引を意識したEF65などに見られるクリーム帯が無いので、無骨というのか、力強さを感じます。
中央西線に似合ってます。
3本帯 20系急行「ちくま」
これだけ、2本帯に話を振っておきながら…、ですが、「さんべ」の20系3両を使って、3本帯の「ちくま」も走らせてみました。
乗車した時は、東海道線内での牽引はEF65に変わった後でしたが、3本帯だし、ということで、EF58で牽いています。EF58とEF64とを併せてどうぞ。(…結果として、こっちの方が時間が長くなってしまいました。。)
2本帯と3本帯。どちらがいいか、ではなく、どちらもいい、ですね。
20系に寝台特急として乗車された世代の方々からすると、3本帯推し、なんでしょうけどね。20系寝台車=急行列車という我々世代にはどちらも、アリです。


この写真は、もはや「ちくま」か何かわからないですが、EF58が好きなので。
最後に、今回のテーマらしく、2本帯と3本帯との比較として、2枚を選びました。


というわけで、20系寝台車+12系座席車の急行「ちくま」を走らせた話でした。
【参考】急行「ちくま」時刻表
この編成が走った時代の時刻表を、復刻版から抜粋したいと思います。
【下り】
| 1978/10 | 1982/6 | 1982/11 | 1985/3 | ||
| 4803 | 4803 | 4803 | 4801 | ||
| 5号 | 5号 | 3号 | 1号 | ||
| 大阪(発番線) | 発 | 2220(11) | 2220(11) | 2220(11) | 2143(11) |
| 新大阪 | 着 | 2226 | 2226 | 2226 | 2148 |
| 発 | 2227 | 2227 | 2227 | 2149 | |
| 京都 | 着 | 2300 | 2300 | 2300 | 2221 |
| 発 | 2301 | 2301 | 2301 | 2222 | |
| 大津 | 発 | 2313 | 2313 | 2313 | 2234 |
| 米原 | 着 | 003 | 003 | 003 | 2318 |
| 発 | 005 | 005 | 005 | 2320 | |
| 名古屋 | 着 | レ | レ | レ | 028 |
| 発 | レ | レ | レ | 043 | |
| 多治見 | 着 | 210 | 208 | レ | レ |
| 発 | 215 | 212 | レ | レ | |
| 中津川 | 着 | 255 | 252 | レ | レ |
| 発 | 300 | 259 | レ | レ | |
| 木曽福島 | 着 | – | 402 | 354 | 301 |
| 発 | 405 | 404 | 357 | 305 | |
| 藪原 | 発 | 423 | 422 | 415 | レ |
| 塩尻 | 着 | 456 | 455 | 449 | 348 |
| 発 | 504 | 504 | 454 | 349 | |
| 松本 | 着 | 522 | 521 | 511 | 403 |
| 発 | 523 | 523 | 514 | 408 | |
| 明科 | 発 | レ | レ | 533 | レ |
| 聖高原 | 発 | レ | レ | 601 | 444 |
| 篠ノ井 | 着 | – | 632 | 639 | 508 |
| 発 | 638 | 638 | 641 | 511 | |
| 長野 | 着 | 649 | 649 | 653 | 524 |
【上り】
| 1978/10 | 1982/6 | 1982/11 | 1985/3 | ||
| 4802 | 4802 | 4804 | 4802 | ||
| 4号 | 4号 | 4号 | 2号 | ||
| 長野 | 発 | 2031 | 2031 | 2210 | 2326 |
| 篠ノ井 | 着 | – | 2042 | 2221 | 2337 |
| 発 | 2043 | 2043 | 2223 | 2337 | |
| 聖高原 | 発 | 2115 | 2115 | 2259 | 008 |
| 明科 | 発 | レ | レ | レ | レ |
| 松本 | 着 | 2208 | 2208 | 2344 | 048 |
| 発 | 2214 | 2214 | 2349 | 107 | |
| 塩尻 | 着 | 2233 | 2232 | 007 | 125 |
| 発 | 2356 | 2257 | 015 | 130 | |
| 木曽福島 | 着 | – | 2347 | 105 | 221 |
| 発 | 2356 | 2356 | 107 | 246 | |
| 中津川 | 着 | 056 | 056 | レ | レ |
| 発 | 105 | 105 | レ | レ | |
| 多治見 | 着 | 145 | 145 | レ | レ |
| 発 | 152 | 152 | レ | レ | |
| 名古屋 | 着 | レ | レ | レ | 505 |
| 発 | レ | レ | レ | 522 | |
| 米原 | 着 | 356 | 356 | 458 | 633 |
| 発 | 358 | 358 | 500 | 635 | |
| 大津 | 発 | 455 | 455 | 555 | 733 |
| 京都 | 着 | 506 | 506 | 605 | 745 |
| 発 | 507 | 507 | 606 | 747 | |
| 新大阪 | 着 | 542 | 542 | 636 | 820 |
| 発 | 543 | 543 | 636 | 821 | |
| 大阪(着番線) | 着 | 549(1) | 549(1) | 642(1) | 827(3) |


















